お気楽トコの幸せタペストリー

何気ない日常の生活の中に多くの幸せがある…そんな幸せを綴っていきたい… 生きてるって幸せなんだなあと伝えたい…
現在の閲覧者数:

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨

言葉のパワー

今日もお気楽トコのブログに来てくださってどうもありがとうございます。

今日はNLP(神経言語プログラミング)のプラクティショナーの勉強会に行ってきました。

今日は自分の思い込みなどによって行動ができない人などに
有効なメタモデルというスキルを教わってきました。

人は何かの理由で思い込みを持っていて、
その思い込みから発せられた言葉を使うことで
自分を動けなくしてしまっていることがあります。

たとえばこれから一緒に仕事をするにあたって、
後輩や部下が
「○○するのに私は自信がありません」
といわれてしまった場合、
その人をしっかり信頼し合っていることを確認した上で
その人に向かって、
「自信があるときってどんなとき?」とか
「○○する以外にときに自信はあるの?」とか
「自信があるってどういうこと?」
というように、その人が自信があることを具体化させたり、
明確化させて固定されていた自分の思い込みのなかに
「少しづつ、あれ?そっか…」というような気づきや
他の例外のパターンを考えさせていきます。

言い方を気をつけないと、
嫌味に聴こえたりするのですが、
私は結構、自分で落ち込んだときに
自信ないとか、ダメな人間だと決めつけてしまうことが多々あるため
これを変更させて行動に結びつける会話が
他の人ではなく「自分」にとって非常に役に立つということを
気がつきました。

そして決めつけてしまう会話が多いと
本当は違う方法もあるかもしれないのに
その発せられた「言葉」によって
一つの凝り固まった思考しかなされず、
そのために行動ができなくなってしまうということに愕然としました。

もしその言葉が自己否定するような言葉だったりすると、
その人の行動=人生に大きく影響があるのだということを強く感じました。


私の場合、思い込みが激しいため
「絶対できない!」とか「全くありえない」と言う言葉を使ったり
人が挨拶しないと「私のこと嫌いなのかしら?」と
勝手に歪曲して物事をとらえたりしてしまうことに実習を通して気づかされていきました。

そこにメタモデルの「本当にそう?」とか
「何かできることがあるとしらたどう?」など
自分の行動がとまっていることを
いろんな質問をすることで相手の感覚に変化をおこし、
「行動できる」ようになることに感動しました。

どうせ決め付けるなら、
自分を幸せにする良い言葉で凝り固まる分には、
良いのしれませんが…。


言葉にはパワーがある。
だから言葉を使うときには充分に、丁寧に使っていきたい…

そして凝り固まった思い込みの発言に、
優しく質問して相手の「固まり」を
ちょっとでも他の形に変えていくお手伝いができたらいいなあ。


まだ理解していない部分は多々ありますが、
私の中で、かなり腑に落ちた一日でした。

いつでも思い込みをニュートラルに変えていける柔軟性をつけたい
「自分」にとってどういった思い込みをとっぱらっていけるか…
後2週残ったNLPの勉強の楽しい課題になりそうです。

今日もお気楽トコのブログを読んでくださって本当にありがとうございました。

あなたの昔からの思い込みはありませんか?
案外とってしまうと素敵な出来事を体験できるかもしれません。

明日もこのブログを読んでくださった皆さんが素晴らしい出来事がいっぱいありますように!!







スポンサーサイト
別窓 | 未分類 | コメント:4 | トラックバック:0
∧top | under∨

言葉から働きかける

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます。

昨日土曜と今日これから、NLP(神経言語プログラミング)の勉強会です。

昨日はNLPの中の
ミルトンモデルという無意識に働きかける催眠の背景や使い方、
会話の言語パターンなどを丁寧にワーク(実習)を含め教わってきました。

人が会話をするときは、自分の内側でおこってきた感覚を
その人が意識して「言葉」を発します。

その「内側でおこっている感覚」は「無意識」の世界で行われている場合が多く、
その「無意識」へ「言語」からアプローチすることによって、
その人が本来、「行きたい方向」へと向かわせることができるということが
昨日のワークを通してわかってきました。


「催眠」というと目の前の人に大根を食べさせたり、
眠らせてしまったりというイメージですが、そうではなく、
実は、普段の生活の中で、当たり前のように皆使っていることを
知りました。

たとえば、部屋を片付けない人に対して、
「片付けしなさい!!」と怒鳴っても
「いやだよ!」と抵抗されることが多いのですが、

「今片付けてもいいし、後で片付けてもいいよ。」と使うと
二者択一のパターンになり
「どっちがいいのかな?」と考え始めます。

もちろん、口調や相手の表情などを注意深く観察して、
こちらの言葉もそのときによってイントネーションや
感情の込め方を変える必要はありますが、
このパターンひとつとっても普段の生活の中で
いろんな場面で使っていけることがわかります。

奥さんから旦那さんに頼みごとをするとき
「お風呂掃除、今してもらっても良いし、
疲れているようなら、休んでもらってから洗ってくれてもいいわ~」
とか、

「今は忙しくてできないかもしれないけれど
だんだんと手伝ってくれればいいよ。」など。

普段皆使ってますよね。

一番仲間の例で皆で「キャー」と歓声が上がったのが、
「付き合ってくれてから好きになってくれてもいいし、
好きになってから付き合ってくれてもいい。」
という例。

場所と言葉の言い方、相手との関係性にもよりますが、
「ちょっとこの男性と付き合うのどうしようかな…」と迷っている女性がいて、
真剣に、とっても夜景がきれいな場所なんかで
言われたら、気持ちが揺らぎそうなセリフです。

一度言われてみたかった…(笑)

そして、それ以外にも
会話と会話を「そして」と言う言葉でつなぐ方法。

相手の人は全く違う前後の会話を「そして」でつながれることで
「でも」とか「違うのですけど…」と言われるより
一緒のつながりのように感じやすくなります。

そのほか多くのことを学んで書きたいのですが
今からまた勉強会。

この続きはまた今夜!

「そして」
皆さんが今日も一日素晴らしい一日であることに一日が終わった後
気づくかもしれません…

(↑これも会話のエリクソンの例)


今日もこのブログを読んでくださって本当にありがとうございました。

ということで今からまた勉強会行ってきます!
素敵な一日をお過ごしくださいね!




別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

自然のままに…

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます!

かれこれもう、10年近く経ちますが、
私は道教の気功を5年近く習っていました。

よく気功というと「ハ~!」と言って、相手を倒したりする気功かと
思いますが、そうではなく、
母の知り合いの方からの紹介で、
上海にもともと住んでいらっしゃった中国人の先生から
中国武当流門派という道教の気功の中でも
「養生気功」という呼吸と、自分の体の動きによって
体を健康に保つということを目的にした気功
でした。

「気」を体の中に多く取り入れ、
体の「邪気」を減らし、「生気」を多くしていく。

静功という静かに目をつぶり自分の呼吸をととのえ何も考えず
瞑想のような座禅をしているような気功

動功という、太極拳のように、ゆっくりと手と体を動かしながら
ゆっくり空気を吸い大地の気や天の気などを体に入れ、
そして、またゆっくりと空気を吐きながら自分の体から
気を外の世界に戻す気功

このふたつの気功を主に習っていました。


気功の先生は日本語を勉強されていたので
指導は全て日本語でなされ、
気功のみならず、自然のなりたちなどを教えてもらったりしました。


気功の先生から教わった中で私が一番、驚いたことを今朝
思い出したので、そのことを今日はこのブログに書きたいと思います。

その驚いたこと…それは
「負けず嫌いはよくない」ということでした

「え?先生、負けず嫌いはよくないんですか?
だって色々向上心につながるじゃないですか!」と
驚いて先生に言うと、

「負けず嫌いというのは、たしかにそういう面はあるかもしれない。
でも、負けず嫌いはどうしても力が入る。
今、(私が教えている気功は)
自然の流れのままにという気功です。

木のように自然のままにいる姿の気功です。

自然になると負けず嫌いはなくなります。」


確かに、木を見ても、風が吹けばそのままなびく
そして負けず嫌いという感覚は自然の中にはない…

負けず嫌いを手放すこと
そして、自然の一部として生きること、
それが一番、健康を保つのには大切なことなんだ…

私の価値観が一気に変わった瞬間でした。

それまでの私は、
極端にとまではいかなくても
負けず嫌いの面が多々ありました。

小さいころは人生ゲームというすごろくのゲームに負けると
ゲームをひっくりかえしてしまったり、
試験でも良い点数を取りたくて、
周りの人、皆をライバル視。
ひたすら自分の点数をあげることに必死になったり…

気功の先生から言われた日から、
負けず嫌いを手放すことを
それから
少しづつですが、意識して、行うようになりました。

すると、自分が楽になっていることに気がつきました

そして、自然に自分を受け入れて
自然の一部であることを意識していくようになりました。

自然と一体になる感覚…



実は、武道の世界でも、勝つ!と気合を入れるだけではなく
周りの世界すべてと一体になる感覚が大切だということを
知りました。

以前、NHKの大河ドラマで宮本武蔵をやっていたとき
武蔵が、武道の大家に負けた際、
「武蔵、(試合中)外で鳥の鳴き声が聴こえたか?」と言うせりふがありました。
(一部言葉が違っているかもしれませんが…)

もちろん、目の前に集中していることは大切ですが、
自分の「勝つこと」に意識を向けるのではなく
自分と周りの世界に意識をむけると
むしろもっと感覚が研ぎ澄まされてく…

まだ上手く言葉にできませんが、
このやり取りを見て私は深く感動を覚えました。

「負けたくない!」ではなく
自分のそのままを活かす…

そうすると自然はおもしろいタイミングでいろんなものを
与えてくれます。


人間は自然の一部であることは変わらない…
そんなことを思い出した朝でした。

今日もこのブログを読んでくださってありがとうございました。

ゆっくり深く呼吸をしてみてください。
自然の一部だということがあなたにも、わかるはず…

このブログを読んでくださった方が皆さんが今日も自然の流れにのって
良いことが多くおきますように!








別窓 | 未分類 | コメント:3 | トラックバック:0
∧top | under∨

承認される気持ちよさ

お気楽トコの幸せタペストリーに来てくださって今日も本当にありがとうございます。

今日は以前お世話になった「聴くプロになる」セミナーの
講師の方の勉強会に参加してきました。

この勉強会、3時間弱でありながら、
終わった後は毎回、優しい気持ちになり
なぜかとっても体調が良くなって帰宅します。


今日の勉強会は人と会話をする中で、
相手の人の表情、呼吸、視線などを観察することの
重要性を教わりながら、
一番のメインイベントは感動の承認のワーク(←勝手に私がつけました)でした。

二人組になって正面に対座しお互いに呼吸を合わせ、
自分の見て欲しいところのみならず、
自分の見て欲しくないところ(←これ!重要)を相手の人に告げます。

告げられた側はその告げられた言葉を
そのまま言い返します。

そして見て欲しくないことも同じように言い返し
最後に「あなたはそれ以上(の存在)であることを見ています。」と言ってもらいます。

その言葉をいわれたときに、
優しくまるで子供を受け入れてくれる母の愛にふれたような感動が
自分の中に湧き起こってきます。

以前、セミナーに出ていた際の勉強会でもやったのですが、
その当時、私は自分のことを本当に好きではありませんでした。

好きになりたい、
でもどうやって好きになったらよいのか解からない。

そのくせ、プライドだけばいっちょまえに高い。

良い子を演じれば周りの人に認めてもらえる、
周りの人から好かれる…

でも、私の中にはもっと嫌なみにくい自分がいっぱいいる…

無意識の中で自分を否定している自分がいました。

このワークの素晴らしいところは
自分のすでに認めている部分を受け入れてもらったうえに
自分のいやだと思っている部分をも素直に目の前の人にさらけだし、
それを受け入れてもらえるだけでなく、
もっとあなたは素晴らしいんだよ!と認めてもらえることです。



だれか、本当の私を知って欲しい

私は良い人だけじゃない…
私は無理して演じてるの
ダメな私、泣き虫な私、
こんな本当の私を受け入れて欲しい

そう叫んでいた私がいたことをこのワークをやったことで知りました。

今日改めて、このワークをやってみて
以前やったときより
自分を否定しなくなっていることに気がつきました。

ダメな私だっていいじゃん。

いいところもあるよ。

そう、両方あっていいんだ…

改めて自ら、自分の良いところ、
悪いところを口にするだけでなく
目の前の人から優しく言い返してもらうことで
心の硬い部分がその言い返してもらった言葉と愛によって
溶けて柔らかくなっていくことを感じていました。


講師の方がワークを終わった後に伝えてくださった言葉は
「是非、自分の周りにいる人と接するときにも
相手が見て欲しい部分、見て欲しくない部分も受け入れる気持ちで
接してあげてください。」

自分を受け入れてもらうことがこんなに嬉しいのであれば
相手の人にもそうしてあげたい。

まだまだ感情的になったり、イライラしてしまうことも多いけれど
気持ちを新たにした夜でした。

※ああ、このブログを書いて忘れないようにしようっと…(^^;

自分を少しづつでいいから、受け入れていこう
それが私の第一歩。


今日もお気楽トコのブログを読んでくださって本当にありがとうございました。
このブログを読んでくださった皆さんに明日も素晴らしい出来事がいっぱい起きますように!



※NLPのヒロさんをはじめ、今回の勉強会を開催してくださったダイジュさんに改めて
この場を借りてお礼を申し上げます。
いつも本当にありがとうございます。





別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

希望は必ず見つかる

ご無沙汰です!お元気でしたか?
今日もお気楽トコのブログに来てくださって本当にありがとうございます。

皆さん、何度も訪れてくださったんですよね。←あ、勝手な思い込みですね。(笑)
本当にまた来てくださってありがとう。嬉しいです!(涙)

ここ数日間 自分を見つめなおす機会(チャンス)を与えてもらい、
ブログお休みさせてもらっていました。

なんだか時間が止まったような数日間でした。

泣いたり、怒ったり、そして他の人と自分を比べて沈んだり…。

そして、その間、多くの仲間に癒されました。

言葉による心の癒し、
体の癒し、笑いの癒し、
一緒に食事して、歩いてもらった日常の中の癒し…
そしてこのブログを読もうとして画面を開いてくださった
「あなた」からの癒し…

こんなに多くの人から癒してもらって、これでまだ泣いてたら
バチあたるで!と気持ちがようやく前向きになりました。

私はひとりで生きているのではないと改めて実感しています。

この場を借りて多くの皆さんにお礼を言いたい、本当にありがとう!

今日からまたお気楽トコのブログ復活しましたのでどうぞよろしくお願いします。
またモリモリ、お休み中の体験も含め、書いていきたいと思っています。


今日、夕食時にNHK「プロフェッショナル」という番組を観ました。

この番組は脳科学者の茂木健一郎さんとNHKのアナウンサーの方が
いろんな職種のプロを呼んで、その日常を追いながら、
その人にとってのプロフェッショナルとは何かを聴いていく番組です。

今日はホスピタルで、
余命がもうないことを言い渡されたガン患者さんのケアをする
ガン病棟の看護士さんのお話でした。


ご飯を食べながら、お箸を握りしめ、
番組を食い入るように観てしまいました。

二年前に肝臓がんで亡くなった父のことを思い出し、
途中涙が止まりませんでした。

死を宣告された患者さんは、
痛み止めをうちながら、
自分の人生と向き合い、涙して、その気持ちを看護士さんに訴えます。

病状が落ち着いたので、せっかく、自宅療養になるのに、
家族の負担が増えるからと不安を打ち明け泣く女性の患者さん

もう打つ手はない状況でありながら、それでも再度、ガン治療を続けると
自ら申し出た36歳の男性の患者さん

そのたびに、その看護士さんは、患者さんたちが自分の言葉で納得し
前向きな言葉がでるまで、そばに付き添って話を聴いてあげます。

一時間以上話を聴いて、その人が話をする間は決して励まさない

看護士さんの優しい笑顔には
相手の患者さんの心の奥に希望は必ずあるという信念があるということを
ナレーションを通して知りました。

「死」と向き合ってなお、希望がもてるということはどういうことなのか?

茂木さんと私ははからずも同じ疑問を持ちました。

そして、その答えはその看護士さんの友人の30代で亡くなった友人からの
体験から来ているということが番組を通してわかりました。

その友人の方は、ガンになった人生をなげき、自分の人生はガンになった
人生だと言い切っていました。

そんなとき、看護士さんが「何かやってみたいことはないの?」と質問しました。

すると、その友人の方は「ピアノを弾くのが好きだったんだ。」と言い、
自ら病院のピアノを弾き、その周りに人だかりができ、
拍手をもらうことになりました。

そしてそれがきっかけで
病室からバイオリンを習いに通ったり、映画を観に行ったり、
自分の人生を残したいからと自分の文章をまとめて本にし始めたりしだし
本の装丁が出来上がった日にその本を見て数時間後に亡くなりました。

「決して長い未来を描くことはできなくても
一日一日、何をできるか?どうやったら充実して生きれるか?
その友人から教わったんです。

人はひとりでは生きられない、
ガンと向き合った人は自分の人生と向き合う時間が必ずおとずれる。
そのとき最後に残る大切なもの、それは物ではなく、
周りにいる大切な人たちだと皆さん気がつくのです。

そして、その人たちがいる限り、その人に希望は見つかると思えるのです。」


その人の納得する人生を決めるまでじーっとそばに寄り添うその姿勢は
相手の中に肯定的な意図があると信じて話を聴く
今習っているNLP(神経言語プログラミング)の姿勢と同じでした。

「NHK プロフェッショナル公式ページ」
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/080624/index.html

二年前、父が余命を宣告されたとき、私は納得ができませんでした。

病院の先生に父の死なんか言われたくない。
そのときはそう思いました。

そして、宣告された時点でも、実際に父は「生きていた」のです。

父の病床中、ひきこもり気味だった弟のために知り合いの方が
カウンセリングの方を紹介してくださり、
そのカウンセラーの方に感動した弟が今度は父のために
そのカウンセラーの方と父を引き合わせて二人だけで話をしてもらいました。

父は家族の手前自分の思いを押し隠していたのですが、
そのカウンセラーの方に辛い想い、ガンになった悔しさを一気にそのときに話し、
それから自分のやりたいことや、自分の辛さを素直に家族に
言えるようになりました。

そして死が近づくなかで、
父が納得するまで家族全員で交代交代で手を握りしめて、
父の言葉がでなくなっても、
声はお互い出さなくても「会話」をし続けました。

生きていれば誰でも死ぬ…そして
その瞬間瞬間をどれだけ、大切にできるか。


いつもそれを忘れてしまう私…

父が亡くなった直後は
いろんな想いを残していった父の代わりに
「絶対後悔しない人生にする!幸せになる!」


そう、誓っていたのに、時間が経って薄れかけていた誓いを
今日観た番組で想い出しました。



そして今の自分を振り返ってみたとき
私、何やってんだろう、全然相手の立場に立ててないじゃん!
と自分に腹が立ってきました。

ここ数日の落ち込みは
私が相手の肯定的な意図に気がつこうとしていなかった会話が原因でした。

偶然のようで偶然じゃないこの番組、私にとって復活の夜の
貴重な時間でした。

そしてまたこのブログを通して、私の幸せをどんどん発信していこうと
誓いました。

今日もこのブログを読んでくださって本当にありがとうございました。

希望は必ずみつかる

私が感銘を受けたこの言葉を、
今日ブログを読んでくださった皆さんにお礼として贈りたいと思います。

新生トコ、これからもブログ書いていきますので改めてよろしくお願いします!!


別窓 | 未分類 | コメント:6 | トラックバック:0
∧top | under∨

宿題ブラボー♪「そうだったのね…」の巻

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます。

昨日のブログの続きになりますが、
母とNLP(神経言語プログラミング)の宿題のワークの続きについてお話したいと思います。

「幸せなとき」「嬉しかったこと」などを聴いていったとき、
母の中でどうしても素直にそれを認めないということがワークの中でわかってきた後の
話です。。

その原因はなんだろうと思ったとき
子供のころ、母は生まれてから諸事情で遠縁にあたるご夫婦に預けられたことがあったと
聴いていたため、そのことを聴いてみようと母の横に座りました。
母の呼吸に意識をむけて、
母に再度、リラックスしてもらいながら

「お母さん、小さいころの話を聴かせてくれる?」と切り出しました。

「小さいころ、かわいがってくれた人はいたよね。その人だれ?」

母「そうねえ、いろんな人にかわいがってもらったのよ。」

私「預けられた家の人はどうだった?」

母「すごくかわいがってくれた…」

しばらくその光景にひたった母の顔に
だんだん変化がでてきました。

私「どんな光景が見える?」

母「せまーい家で、一間くらいしかないところだったのよね。
でも本当にかわいがってくれた…」

私「一間の風景が見えるんだね。」

うなづく母。

そして「ああ、ちゃんとお墓参りもしてなかったし、
私、お礼も言えてなかった。申し訳ない…」と言いながら
急に涙が母の目にあふれてきました。

「かわいがってもらってたのに、わけもわからないままもとの家に(生家)戻されて、
そしたら他の親戚のおばさんから、
『もうあの家(預かってくれた家)に行っちゃいけないよ』って言われて…
ときどき、物陰からそのかあちゃん(育ての親)が寂しそうにのぞいてたの。」

私「そうだったの。」

母「申し訳ないことした…
私がスキンシップがあったのはそのかあちゃんだけだった…」

私「そっか…、そしたら目の前にそのかあちゃんが今いると思って
今思ってることを伝えてみて…」

母はしばらく黙っていましたが泣きながら
「かあちゃん、ごめんね。小さくてよくわからなかったけど
本当にかわいがってくれたよね…ごめんね…」

そう言い切ったあとで
今度は母に、そのかあちゃん(育ての親)の側に座ってもらいました。

私「あのね、今、こっちはかあちゃんの位置で
こっちからキヨちゃん(母の名前)が見えるの。

キヨちゃん、今凄く泣いてるんだけど、かあちゃんから見てどう?
すごく申し訳ないと言ってるんだけど。」

母は一瞬とまどいましたが、それでも私の声にうなづき
涙を拭きながら、かあちゃんの気持ちを伝えてくれました。

母「全然なんともないよって言ってくれてる…」

私「全然なんともないって言ってくれてるんだ…
そっか…キヨちゃん泣いてるけど、かちゃんから見てどう?メッセージはある?」

母「メソメソしてるねえ。うん、でもね仕方なかったって思う。」

母は、涙が止まり、かあちゃんの心境をはっきり、言い切りました。
しばらくかあちゃんの場所で母はかあちゃんと心の中で
会話をしているらしく、なんどか小さくうなづいていました。

「そしたら、この二人をこっち側から見てみよう。」

子供のころの母の位置、
そしてかあちゃんの位置、

そこからはずれて、もといた場所を客観的に見れる位置に母を
誘導しました。


私「ここにいて、この二人を見てどう思う?」

母の表情は一転し、普通の表情になっていました。

そして
母「仕方なかったのよね…」と強く言い切りました。

私「何か隔たりとかある?」

母「ないねえ。」

私「そっかないよね。どう見える?」

母「仕方ないし、しょうがなかったのよね。」

そういいきった母に私は一言付け加えました。
「とっても仲良く今でも想いあってない?」

母「そうだね…」

うなづきながら、母はすっきりした表情に戻りました。

そして、また吸う呼吸に意識を向けてもらいながら
母に現在に戻ってきてもらいました。

「どう思った?」そう言った私に
母は「3日前にかあちゃんが夢に出てきていて気になっていたの。
かあちゃんに申し訳ないなあって思っていたのよ…」

偶然じゃないんだなあと私が思ったとき、
母はその後一気に実家に帰ったあとの想いをかたりはじめました。

「戻ってきたら、下に妹もいて、どうしてよいかわからなかったの…
かあちゃんはいつも一緒に寝てくれていて、本当にかわいがってくれた…
おばあちゃんとは(産みの親)全然そんなことなかったから…
9人も子供がいたら、それは仕方内と思うのよ…」

母の話はまだ続きました。

この続きはまた後で…

今日もこのブログを読んでくださってありがとうございました。

思わぬところで親はいろんな想い、体験をしてるんだと知りました。

そして、ここまでの母の想いを考えると
「小さいキヨちゃん」の戸惑いは計り知れないものがあったんだと
母への深い私の想いが湧き起こってきました。

今日は満月。

このブログを読んでくださった皆さんが
穏やかに、そして素晴らしい一日でありますように!!

※母の位置を変えていったのはポジションチェンジというものです。
位置を変えることで、全く感情から切り離されて自分を見たりするのに
有効です。





別窓 | 未分類 | コメント:3 | トラックバック:0
∧top | under∨

宿題ブラボー2♪「ひっぱられる~!」の巻

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます!

今日は母にNLP(神経言語プログラミング)の宿題の第二回目をやってもらいました。

今日私自身がコーチングを受ける日で
コーチに今までのコーチングの成功体験を伺い、その話に感動したこともあって
「よし!私も母の気持ちに寄り添って、いっちょ、ワークやったろ!」と気合を
入れてやったのですが…

いやあ、またまた手ごわかった…(^^;

当初は「アンカリング」と言って、
自分の状態が良いときを思い出し、
その体験をイメージの中でふかーく感じ、
そのときの感覚がありありと浮かんだり体感できたら、その瞬間に
自分の体の一部を触ったり、押したり、抑えたりして、
瞬時にそのときの状態を思い出せるようにするものをやろうとしていました。

具体的な例で言うと、温泉に入って、すごく幸せーと思っているリラックスしてる場面を
リアルに思い出します。
(思い出すだけでなく実際体験してるときにもアンカリングは可能)

温泉の温かさ、自分の「気持ちよい!」と言う声、
周りの情景などを思い出したときに右手首を触ることでアンカリングをしておくと、
何か緊張する会議の前とかに右手首を触ると
体や視覚、聴覚などの五感にそのリラックス時点の感覚を取り戻し
会議を緊張せずに行えるというような場合に使うことができます。

母はよく雑事が多くなるとイライラモードになるため
是非このアンカリングをやってもらえたらと思い、
ワークを開始しました。


まず「過去の出来事の中で良い結果を得たこと、
もしくは幸せと感じれたことなにか嬉しかったことなどありませんか?」と
母に理解しやすい言葉にして、質問したのですが…

この言葉が今考えると母の混乱と暴走の幕開けでした。

「幸せねえ。
あ、そうねえ、あなたたちが小さかったころ、何歳だったのかな。
歩いてたのかしら?
あ、おぶってたかもしれないわ。
昔からお寺参りが好きでよく行ってたころに帰り道、
ああ、子供もいて本当に幸せだなあと思ったわ。」

私「そうなんですね、じゃ、その場面をありありと思い出してみてください。」
と敬語でコーチ役をしたのですが…

「うーん、でもそのころは本当に大変だったの。
お父さんも仕事で忙しくてね。引越しばっかりで。
全然手伝ってくれなくって、本当に引越しはもういやと言ったのよ、私。」

「ああ、そうだったんですね。なるほど。
ではもうちょっとリラックスして、深呼吸して幸せな体験を感じていきましょう。」

母「うーん、それが幸せだったかどうか、わからないわね。
お父さんが幸せそうだったから私も幸せに感じたのかもしれないし…
私はお父さんと知り合って3回のデートで結婚したから
全くお父さんのことよくわかってなかったのよね。
でもね、お父さんと結婚して幸せだったのよ。」

私「じゃ、お父さんとの結婚のシーンとかにしますか?」

母「結婚式が幸せとは感じなかったのよね。」

私「そうですか。ではもういちど、過去の出来事でよい結果が得られたり
幸せと感じれたことを思い出してください。」

母「うーん、私にはないわ。そんなに幸せってことは。」

私「ではたとえば、何か自分が大事にされてるなあとか
表彰されたときとか、嬉しかったこととかありませんか?」

母「小さいころね、足速くてよく入賞してたわ!」
 私、心の中で「え?知らなかった」と独り言…

再度私「じゃ、その入賞した場面を思い出してみましょうか?」

母「うーん、でも、入賞しても特に嬉しくなかったのよね。
あ、よく表彰もされてたのよ。」

私「素晴らしいですね!じゃ、その表彰の場面にしますか?」

母「表彰なんてしょっちゅうされてたから、そんなに嬉しくないのよね。(私あきれる)
 私、お父さんと結婚できたことが一番嬉しかったわ。」

私「ではお父さんとのことで何か過去思い出してみましょうか?」

母「そうねえ。でもお父さんとは生活してみて、今振り返って幸せだと思うんで
特にって言われてもねえ。」

私「…」

気分はまるで暴走する牛か馬にひっぱられる心境。

しかもグルグルと同じところを周り続ける母の世界。


「うへー!こりゃ、無理だわ~。」
私の心の中の声がもう、
「幸せの過去の体験」に固執するのは難しいと悲鳴を上げ始めました。

結局アンカリングのワークはこの時点であきらめ
前回と同様またひたすら母の話を聴くことになりました。

そしてその中で母は「幸せ」「嬉しい」と言う表現のとき
自分のなかで素直に体感しにくい何かがあることがわかってきました。

母は小さいころ、親の事情で他人の家に預けられ、
その家の子供になって大事にされていたときに
また本当の家に呼び戻されたと言う経緯があることを知っていたので
そのときの何かの感覚が母の心の中のガードになっているのではないかと
感じました。

「お母さん、小さいころの話を聴かせてくれる?」

母の横に座り、母の気持ちに再度、寄り添う心構えを決めました。

この時点で夜9時に開始した母とのワークは時計を見ると
10時をさしていました。

そしてそこから、また一時間ワークが続いていくことになったのですが…
この後のはまた明日!

今日もこのブログを読んでくださってありがとうございました。

宿題ブラボー♪

コーチ役の人は「柔軟に相手の人に合わせて変化していくことが必要」と
教わりましたが、まさに今日の母との会話は
その訓練になりました。

明日、この続きは掲載したいと思います。

今日もこのブログを読んでくださって本当にありがとうございました。

読んでくださった皆さんが明日も「幸せ」でありますように!!






別窓 | 未分類 | コメント:4 | トラックバック:0
∧top | under∨

苦手な人に興味を持つ術

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます。

好きな人って言葉を聴くと誰を思い出しますか?

ああ、この人好きなだなあって思うときってどんなときですか?

コミュニケーションの勉強の中で
私が素敵だなあと思う「前提」があります。

それは
相手の中に肯定的な意図を見つけるというものです

なんだか、強面で、ちょっと苦手だなあと思う人がいたり
否定的な言葉ばっかり言う人がいたりした場合、
「うへ!!いやだなあ」と自分の心の声が起こったとしても、
その湧き起こった心の声を、客観的に一旦は置いて、
「この人が強面になるには何か私に伝えたい本当の『肯定的』な意図(気持ち)があるに違いない」
「否定的な言葉を言ってるけど、
きっとなにか本当は『言いたいこと』が心の奥そこに
潜んでいるに違いない」

そう思って接してあげることが重要だと教えてもらいました。

この言葉をお風呂の中で考えていたら、
私が転校したときのことを急に思い出しました。

中学校のとき、
なかなか、転校しても周りから声をかけてもらうことがなく、
心細い中、私は人となじむために、自分と「気が合う」人を
いつもジーっと観察して教室の机に座っていたことが
頭の中でフラッシュバックしてきました。


そして、私が勝手に「気が合う」かもしれないと思うときは
どんな場合なんだろうって思い出してみたら実はポイントがありました。

他の人と楽しそうに話をしている人⇒私にも笑顔を出してくれるかも!
穏やかそうな人⇒優しい人かも!
相手の話を一生懸命聴いている人⇒私のことを受け入れてくれるかも!


このポイントは実は、私が今まさに習っている
相手の人のことを「聴く」立場=コーチ側の人の姿勢でした。

私は小さいころから、すでにこの姿勢ができている人に近づいて、
「仲間に入れて!」と勇気を振り絞って声をかけに行っていたことに
気がつきました。


私が大好きな子供向けの小説に「ハイジ」と「赤毛のアン」があります。
両方とも漫画にもなったし、小さいころはハイジの世界に憧れました。

なんでこのふたつの本が好きなのか?

自然の中での生活シーン
おいしい料理のシーン
周りの人たちとの会話とつながり

そんな風にこの二つの小説の好きな理由を周りの人に伝えていましたが、
もうひとつ重要なことがあることに気がつきました。

それは主人公の、
出会う人を信じて接している姿と相手の人に接するときの好奇心でした。



ハイジは両親が亡くなったために
人嫌いで山里はなれたところに住んでいるおじいさんのことろに預けられて
そして無邪気におじいさんに近づき、
気づくとおじいさんの心を溶かしていきます。

赤毛のアンは孤児院からようやく「自分の家ができる!」と心躍らせたのに
本当は家を手伝う男の子が欲しいと言われて
ショックを受けながらも、近いうちにもどされるという状況の中
どうにかこの家に置いてもらえないかと
自分の気持ちを打ち明け、そして、いつのまにか
「男の子」以上のものを、家の住人のマリラとマシューに与えて
なんと、その家で一緒に生活するようになります。

この二人の境遇は一見すると可哀想に思えるけれど、
その境遇があったからこそ
今、目の前に現れた人を信じようとする力があるだと感じます。

目の前に現れた人を別に好きにならなくても良いから
何をおもってるんだろう?
どうして怖い顔してるの?

自分の中のドキドキしたりする感じや
いやだなあという気持ちが湧き起こってきたら、
それを感じながら、でも好奇心を持って接していきたい

ハイジや赤毛のアンのような気持ちに近づいていきたい…

そんなことを思った朝でした。

あなたの中の苦手な人は誰ですか?

あなたの中の好きな人は誰ですか?

その二人の共通点はありませんか?


私自身にもこの問いかけをしていきたいと思います。

今日もこのブログを読んでくださってありがとうございます。

外の天気はお天道様が輝いています。
今日も良い一日になりそうな気がします。

このブログを読んでくださった皆さんが
今日も笑顔があふれる一日になりますように♪

別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

感じてみて気づいたこと…

今日もお気楽トコのブログに来てくださって本当にありがとうございます。

昨日の関西調ブログ、私としては楽しかったのですが(笑)
またいつもの感じで書いていきたいと思います。

って言ってもおおげさなことは書けないんですけど~(笑)


昨日、今日と私はNLP(神経言語プログラミング)の勉強の第2週に行ってきました。

第二週は、大まかに言うと、
サブモダリティという視覚、聴覚、体感覚の中をさらに
細かく、丁寧とらえていき、
普段は全く「無意識」でおこなっていることを
五感を「意識」してどういった感覚を使っているか、
またどういった順番で感じているかを

ワークや理論を通してまなび、
その「意識」した五感を変えていくことで普段の「感じて」いることや
何か出来事を決めたりするときのパターンを
自分の本来のやりたい方向に「感覚を変える」ことで
もっと幅広い選択肢を増やしていけるということを
学んでいきました。

具体的に、私の例で言うと、

たとえば、本が大好きなので本を片付けたいと思っているけど、
片付けられないことをイメージした場合、
私の視覚でとらえている場面は本が積み重なって
全く動かない静止画でかなり気分は重い感じ。
それを大きい目の前にある本の山を、だんだん小さいイメージに変えていき、
小人サイズの本にして、それをヒョイヒョイと動かしていきます。

すると簡単に片付けられるイメージができてあって、
本の重さのイメージなども軽くできるし、
私が「楽に」片付けできる感覚になっていきます。

逆に楽しい体験は強烈に印象が強いものを思い出し、
たとえば仲間で楽しく話しをしているという例の場合は
その体験をもっと鮮やかにしたり、
もっと近い距離で経験しているようにイメージの映像を近づけたり、
聴こえる音のボリュームをリアル感があるようにあげたりして、
もっと良い体験だったんだと印象づけし、
その体験を深く味わって、
なにか自分が困ったときなどにその体験を瞬時に思い出せるようにして、
気持ちを落ち着かせたりすることに使えるようにしたりします。

自分の五感やコミュニケーションをとる相手の五感に敏感になっていくこと、
つまり自分が「今」何を感じているか、五感や心の声に気づくこと、
そして相手を更に丁寧に見ていく必要が出てきます。

そしてその訓練をしていくと、
相手の望む方向に行くためにどんな五感の感覚の変化をもたらしたら良いかなども
わかってくるようになります。

五感を磨くことがおぼろげながらわかってきた先週、
すれ違う人や電車の中で一緒になる人、
視線をその人に向けるだけで
私は自分の感覚が微妙ではありますが秘かに変わっていることに気がつきました。

そして急に私の中に気づきがありました。

それは「すれ違う人」とも、「たまたま電車で乗り合わせた人」とも
人間は敏感に「視覚」「聴覚」「体感覚」で感じていて、
実はコミュニケーションを常にとっているのかもしれないということでした。
人間はそれくらい実は敏感で、とっても繊細なセンサーを持っていると実感してしまったのです。

たとえば喫茶店に座っている人がチラっとこっちを見た瞬間、
その人の想いはわからなくても見られた私とその人は
何か、感じているし、それを言葉で伝えていなくても
表情や視線などを見ればコミュニケーションをとっているのかもしれない。

バーゲンなどのとき偶然体が触れてしまった状況のときも
その体の感覚で無意識に近い状態で自分も何か感じてるし、
相手も確実に何かを感じている。


…そう感じたとき、更に私はなるほど!と思ってしまいました。

人間は今は鈍感になっているところもあるけど、
本来持っている動物的な鋭敏性や、
何か第六感的なところで、
その相手の人を感じているんだ。

だから人が「良い状態=幸せな感覚(私のイメージは笑顔や穏やかさ、優しさなど)」を
保っていれば、間違いなくその人は周りに「幸せ」な影響を与えていけるんだ!!

そんなことを感じてしまいました。
もちろん、その逆もありです。

まだ上手く言葉にできないし、
仮説でしかありませんが、
「孤独」と想いながらも、実は皆つながっていたり
お互いに影響を与え合ったりしているのではないかと
強く感じ、本当に興奮しました。

だから、できたら、みんな自分を大切にして欲しい。

自分を大切にして、そしてちょっとづつでよいから
「自分」が幸せになっていれば、
その人の存在の無意識に行われるコミュニケーションで
「周り」に「幸せ」な影響を与えられるから。


そして、その「幸せ」になるためにはどうしたらよいか?

今この地点からほんの一歩幸せになるためにはどうしたらよい?

と、決して大げさなことじゃなくていいから問いかけてみて欲しい。


辛いことがあったら、ちょっと音楽を流してみる。

パソコンの仕事がきつくてなんだか呼吸が浅くなっていたら
深く呼吸をして、胸を開いてみる。
もし可能ならちょっと歩いてみるだけでもいいかもしれない。

イライラしていることに気がついたら、
案外、その理由はお昼の量が少なくて、
午後お腹がすいてるからかもしれない。


自分が今どんな感覚なのか、気づくこと、
そして自分をHAPPYにしていくほんの一歩を始めること。

そうしたら、ちょっとの変化は「無意識に」
みんなの幸せにもつながっている…

そんなことに気がついて、コミュニケーションの深さに
感動しています。

私の一歩、私は今日、このブログがかけて幸せ。
読んでくれている皆がいて幸せ。
本当に本当にこのブログを読んでくれてありがとう!!


そして明日のためにそろそろブログを終えたいとおもいます。

まだまだ学んだことは多いし感動はいっぱいあるけど
その続きはまた明日以降にお伝えしたいと思います。

このブログを読んでくれたみんなに素敵な出来事がいっぱい起きますように!
別窓 | 未分類 | コメント:2 | トラックバック:0
∧top | under∨

脱天然○○!

今日もお気楽トコのブログに来てくれはっておおきに。

昨夜ブログ更新してなかったやろ。
のぞきに来てくれはったあんさん、ごめんな~、許してや。

そしてな、読み終わったでー「夢をかなえるゾウ」!!

いやー、最高でんな。

たまらん!


主人公のイケてない、人生変えたがっとるサラリーマンは
たぶん会話から関東圏に住んでるんやないかとおもうんやけど、
それにウンチクたれる不思議なゾウの関西弁がええんや。

そう思うたら、今日のブログ、なんでかゾウが乗り移ったみたいで
関西弁になってもうたんや。
読みにくいかもしれへんけど、許してや~v(^^)v

いやあ、あの本の、かけあいのおもしろさ、ほんま、最高やったわ。

朝、電車で読んで、「次」が読みたくてたまらんで、
わて、会社で終業の鐘なった途端、ページ広げて読んでもうてな、
「クックックック」ひとりで笑ってたら、
「○○さん(←わての名前) 気持ち悪いです。
まだ仕事してるんですから、とっとと帰ってください!」と
斜め向かいの人に言われてんねんけど、ちーっとも怒る気にならへんで
「失礼しました~」と言って、
素直に言われたとおり、とっとと帰ってきたわ~。

もう、昨日は夜11時にブログ書こうか、読み続けようかって、
わてにとったらエライ重大な選択することになってん。

いやあ、選択っちゅうより、葛藤やな、もう苦しんだで~。

で~、わては「夢をかなえるゾウ」を選んだっちゅうわけや。

読み終えてな、わてガクゼンとしたんや!

わてのブログに足りないもんがわかってもうたんや。

まあ、手前ミソやないけど~、
ええことも書いてあると思うんやー。

そやけど、めっちゃ足りないもん見つけてしもうて、
そしたら凹む、凹む。

ブログ書く気ぃせんで、布団かぶって寝てもうた。

辛かったで~。

わての価値観ガラガラっと崩れてしもうてん。

わての生活、そしてわてのブログ、わての脳みそに足りないもん、
それはな、「笑い」や!

わて、えらい真面目でかたい文ばっかり書いてるやないの。

うわー、わて、笑いのエッセンスっちゅうもんもっとらんのや~って
現実、突きつけられた気ぃになってしもうてな~。

なんでやろ?
笑いってなんやろ?

なんでみんな笑えるんやろって考えてみたんや。


実はな、わて、自慢やないけど、よく笑われるんや。

それも狙ってるわけやない場面でばっかり笑われるんや。

まあ、認めたくないんやけど
「天然○○」っちゅうやつやな。

10代や20代そこそこの女の子やったら
「いやーん、また間違えちゃった~」と腰くねらせたら
男の人は、たまらんやろ、かわいいやろ。

そやけど、わてなぁ、若作りっちゅうか、
まあ、気分は20代なんやけど
残念ながら「女の子」っちゅう年齢やない。(←重大発表やな)

天然っちゅうことはなんで笑われてるのか、
まったく「理解」しとらんっちゅうことや。

たぶん、みんなが頭でこうなったら、こうくるやろとか、
当たり前と思ってることなんかと全然違うことを
普通に自然にやってまうんで、
そのギャップにみんな笑ってくれるんやろうおもうてるんけど、
それをわては逆に意識してやろうおもうても
やれんのやわ。

このブログ読んでくれてる人、わてのサービス精神のなさに
よう、ここまでつきおうてくれたなあ。

おおきに!
ほんま感謝やで~!

わて、これからは「笑い」を集める!

笑いっちゅうもんを学ぶで~。

改めてな、吉本の芸人さんやチャップリンや落語家さんの
オチ、ボケ、ツッコミ、ギャグはすごいなあ、
頭ええなあ思うんや。

落ち込んでるときも笑わせるパワーがあったら
人生の中でも強い武器になるおもうねん。

そやからな、おやじギャグ、今日から作ってんねん。

えらい、頭の体操や、学びやで~。

そうや、まさに落ち込んだ靴やな、ガクッシュー

ほら、そこのあんた、「寒い」言いなはんな。

あんた、考えてみぃ、ここまで高度なの、そう簡単にはでけへんで。

っちゅうことで昨夜ブログ更新しなかった理由をコウヒョウして
好評なところで今日はお開き。

ほんま、あんさん、またのぞいてや~

あんさんの笑顔がみとうて、わてがんばるんやから。

明日はまたコミュニケーションの勉強会や。
なんぼ笑いとれるか、がんばってくるで←主旨がちがってもええんや!

ほな、お休み!!
 

※関西弁が間違っている部分があってもゆるしてや~♪



別窓 | 未分類 | コメント:4 | トラックバック:0
∧top | under∨

ジューン・ブライド

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます!

6月のイメージは、梅雨かそしてジューン・ブライド♪

6月の花嫁は幸せになるといわれているそうです。

職場の後輩が、
今週末にミシェランにも載っている有名なレストランでの結婚式に呼ばれたと
グループのみんなに話をしました。

「うわー、ジューン・ブライドだね!!」と言い、皆で口々に

「いいな~♪」を連発。

同じ「いいな~♪」なのですが、
有名レストランで食事ができるのがうらやましい人
最近結婚式によばれてないから、結婚式によばれたことがうらやましい人
そして結婚自体がうらやましい人

グループの席全員女性、皆、思っていることが違いました。

ここ最近は減りましたが(笑)
職場は女性が多い環境のため、
入社して5年目のときは本当に結婚式に呼ばれまくっていた時期がありました。

しかも、ただ、呼ばれるのではなく、
なぜかスピーチを頼まれるのです。

おめでたい席でのスピーチ。

「切れる」「離れる」などの使っちゃいけない言葉や
相手の方のお名前など頭に叩き込んで
新婦の人柄、優しい性格、笑える出来事などを
大まかな話す内容をイメージするのですが、
スピーチの順番までは食事がのどを通らず、緊張をほぐすために
2杯くらい、ビールを飲んで、他の人の話も上の空の状態で順番を待ちます。

同じテーブルの人に「がんばれ!」と励まされ
マイクのところまで歩くときはドキドキが最高潮!

そして新郎新婦の笑顔を見た瞬間に
「よし、心をこめて、おめでとうを言うぞ!」と
自分の気持ちが、緊張から、「私はこのために来たんだ!」と
一呼吸おいて、しゃべり始めます。

一瞬にして、「女優」になったような感覚。
頭は冷静で、周りの反応が見えて、自分じゃない自分がしゃべっている感覚。

時間は大体3分から4分。

終わった後は、急にもとの自分に戻り、
席に着いたときにはドキドキがまた復活、
そして落ち着いた途端、一気に食欲が戻り、
これまで食べてなかったのを取り戻すように
ひたすら食べまくるのが常(笑)。

昨年、後輩の結婚式に呼ばれたときは、
スピーチも何もなく、司会の人のにこやかに
「では、しばし、ご歓談ください。」の言葉を
そのまま受け、
おいしく食事をいただき、シャンパンを飲み、
同じテーブルの人たちと新郎新婦の話をし、
スピーチするときとの気持ちの違いをしみじみ感じました。

そしてふと、ただ座ってるだけじゃつまらない自分に気がつきました。


スピーチをすると、その人との想い出を振り返ったり
どういう言葉を言ってあげたいかなどを考える機会になり、
ある意味「充実した」結婚式として私の記憶には残っていることが
わかりました。

緊張はするけど、一生に一度(?)の結婚式。

参加している人を代表して直接お祝いを言える、
貴重なことなんですよね。

スピーチ以外に
同期のコとドリカムの「未来予想図?」や
竹内まりあの「リンダ」の替え歌を歌ったこともあったなあ。

新郎の友人の方たちはかぶりものしたり
不思議な出し物をしたりすることが
多かったりするだけど(笑)
女性陣はあくまでも華を添える感じ。(←華になってるかどうかは微妙としても)



そして、最後の新郎新婦のご両親に宛たご挨拶は
涙、涙で終わり、毎回結婚式の後は目の周りが黒くなるのが常。

結婚式に呼ばれた回数25回。

次の結婚式は誰かな…

ちょっと結婚式に呼ばれたくなりました♪

今週末の後輩の結婚式が晴れることを祈りつつ
結婚式の想い出にひたった時間でした。

今日もこのブログを読んでくださってありがとうございました。

皆さんの思い出の結婚式は誰の結婚式ですか?





別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

似たかったひざ下、似たくなかった鼻の高さ

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます。

銀座のとおりを歩いていると正面から明らかに私たちは親子ですという
娘さんとお母様を見かけます。

きっとお母様の若いころは今の娘さんそっくりなのだろうなあと
想像できるくらい顔のパーツパーツ、
輪郭が明らかにそのままコピーした感じ。

ご本人たちは全くそんなことはわからないのでしょうが
傍からみていると、
あまりに似ていてジーっと顔を見てしまったりします。(笑)


私の亡くなった父はステテコを脱ぐと、
ひざ下が長く、キュっと引き締まったふくらはぎを
「かっこいいなあ。」と
家族の皆が手放しで良くほめていました。

なんでも中学のとき陸上の選手で
長崎県大会で短距離で記録を出したことがあるそうで、
そのとき鍛えたせいか、引き締まった足は本当に綺麗でした。

父の足を褒めたあとで、
私も弟も、自分の足を見ると、ひざ下は短く
ふくらはぎはずんぐりむっくり。

明らかに母の足と同じ。

しかも母は一度も運動会で入賞したことがありません。

「ああ、お父さんの足に似たかったよ~。」

朝、朝食を食べながらステテコ姿の父を見ると
弟と何度かそんな会話をしました。

そしてその後、必ず、弟が言うセリフがありました。
「でもさー、お父さんと姉貴の鼻の形は本当にそっくりだよなあ。」

その瞬間、私は
「全然嬉しくない!」と反論していました。

父の鼻は低くて、イメージで言うとちょっとゴリラ系の低めの鼻。

母はどちらかというと高くてスッとした鼻。

弟は母の鼻に似ているから鼻に関しては文句は言わず
ことあるごとに私と父の鼻がそっくりだとからかうのでした。

小学校のとき、父の仕事が忙しかったころ、
夜寝ていると、仕事から帰ってきた父が
私の顔をのぞきに来たことがありました。

「高くなーる、高くなーる…」
そうつぶやくと、何度も私の鼻を手で伸ばそうとします。

「そうやると、高くなるの?」
目を覚ました私は父にそう聴くと
「うーん、ちょっと待ってて。」と言って部屋から出ていき、
持ってきたのはなんと洗濯バサミ。

「ちょっと、つまんでみると高くなるかもしれない。」

そう言って、洗濯バサミで鼻をつまんでみたものの、
広がった両方の鼻の穴をつまんでも
高くなるわけはなく、
痛いわ、呼吸できないわで
「痛いよ!!」と叫び、すぐその洗濯バサミをはずしました。


「うーん、鼻高くなるといいなあ。」そう言いながら
父は部屋を出ていきました。

鼻は自分には似て欲しくないと父も薄々思っていたのでしょう。

父が亡くなってお通夜のとき、
父の遺影は花で飾られ、
多くの私の友人や職場の後輩がお焼香をしに来てくれました。

後日後輩と会ったとき、
「いろいろ大変でしたね。」
と言ってくれて、ありがたいなあと思ったのですが
次の瞬間、
「でも、○○さんと(私の名前)お父様って本当にそっくりですね。

遺影の写真見て、本当に申し訳ないんですけど
あまりにそっくりで噴出しちゃいそうになったんです。」と言われ、
出かかった涙が引っ込んでしまいました。

そっかー、似てるのかあ。

父の遺影はにっこり微笑んで、今も仏壇の横に飾ってありますが
私の鼻ときゅっと結んだ口元は父の生き写し。

美人には程遠いけど、
お父さんの洗濯バサミの思い出とともに
この鼻は父の大切な形見になりました。

お父さん、はなぺちゃとよく男の子にからかわれたけど、
今ではこの低い鼻が大好きだよ!

皆さんはお父さん、お母さんと似ているところってありますか?

今日もこのブログを読んでくださってありがとうございました。

もうすぐ父の日ですね。

ブログを読んでくださった皆さんとお父様、お母様が
明日も良い一日になりますように!






別窓 | 未分類 | コメント:2 | トラックバック:0
∧top | under∨

捨てちゃもったいない~!

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます。

先日本屋さんで立ち読みしたらポロっと泣いてしまった本があります。

本というより写真集 いろは出版の「1歳から100歳までの夢」という本です。
1歳から100歳の夢

(画像が悪くて見ずらくてごめんなさい…)

ページを広げたら文字通り一歳から100歳の
子供から、学生、会社員からお母さん、そしておじいちゃん、おばあちゃんまで
自分の夢を語り、そして笑顔で写真に写っています。

レスキュー隊になりたい坊や

戦争から戻ってきたらお父さんが亡くなっていてできたら
天国で一晩中酒を酌み交わしたいというおじいさん

どこんちの子供もみんなかわいいというおばあちゃん

ページを広げると自分の子供のころを思い出したり
今の自分の年齢の人の夢を見たり、
そして、歳を重ねてそれぞれの笑顔があるのを見ると
ああ、生きてるのって素敵だなあ、
夢が大きくなきゃだめだとか
今の自分を否定しなくてもいいんだなあと思えてきます。

歳をとって日々生きていることを感謝しているおばあちゃんたちの笑顔は
誰もが自分の人生の主人公で
そして力を抜いていいんだよと言われたようで
涙が自然にこぼれてきました。

「夢」というと大げさになるかもしれない。

だから自分の想い、自分の気持ちを正直に現実に表現していくことだと
私は思っています。



先週、なぜか急に会社の後輩から今ブレーク中の
「夢を叶えるゾウ」を貸してもらいました。
貸してもらったというか,
読んで欲しいと持ってこられたという感じ…

夢をかなえるゾウ

(↑アマゾンからの写真で掲載の写真が一部違っていますがお許しを)

今まだ読み始めたばかりですが、
不思議な神様、ガネーシャという関西弁をしゃべる宙に浮いた象が急に現れて
自信を失っていた主人公に夢を叶えることを教えていくというもの。

なんだか不思議な会話なのですが、これがいけるんです!
そしてウンチクがちりばめられてる。

夢を描くことが楽しくなりそうな予感…
どんな展開になるか今から楽しみです。

そして夢を叶えるための応援歌としてアンジェラ・アキさんの「手紙」という曲の
歌詞を掲載します。

先日NHKの番組で聴く機会があり、
その歌詞に自分の中学時代の過去を重ねて
涙がこぼれました。

<手紙> 歌詞 アンジェラ・アキ

拝啓 この手紙 読んでいるあなたは 
どこで 何をして いるのだろう
十五の僕には 誰にも話せない   
悩みの種が あるのです          
未来の自分に 宛てて書く手紙なら 
きっと 素直に 打ち明けられるだろう    

今 負けそうで 泣きそうで 
消えてしまいそうな僕は 
誰の言葉を 信じ歩けばいいの?     
一つしかないこの胸が          
何度もばらばらに割れて 苦しい中で今を生きている    

拝啓 ありがとう            
十五のあなたに 
伝えたいことがあるのです   
自分とは何で  どこへ向かうべきか  
問い続ければ 見えてくる
荒れた 青春の  海は厳しいけれど
明日の岸辺へと 夢の舟よ進め
今 負けないで 泣かないで 
消えてしまいそうな時は
自分の声を 信じ歩けばいいの        
大人の僕も 傷ついて             
眠れない夜はあるけれど          
苦くて甘い 今を生きている


そう、苦くて辛い日があっても夢を持って生きていきたい

世知辛い世の中だけど…
夢を捨てないで生きていこう。

夢を持ってていんだよ~と本や曲から教えてもらっている今日この頃です。

皆さんはどんな夢がありますか?

今日もお気楽トコのブログを読んでくださってありがとうございました。

みんなの夢が叶うことを心から祈っています!!






別窓 | 未分類 | コメント:3 | トラックバック:0
∧top | under∨

本当に習いたい人生の授業

今日もお気楽トコのブログに来てくださって、ありがとうございます。

このブログの主旨(←そんなのあったのか?と言われてしまいそうですが)と
違うのですが、悲惨で悲しい事件に心を痛めています。

どの事件かあえて言いませんが、
どの事件にもなぜか私は「究極な寂しさ」、「孤独感」、
自分の殻に閉じこもり、「自分の存在」を「感じられない」こと
そして、周りの自分への無関心に対する「叫び」を感じてしまいます。

いろんなことが絡まって事件になっていくのだとは思いますが、
どうにかして、それを防げなかったか、と考えてしまうのです。

考えたってどうにもならないという声もあるかもしれない。

でも誰かひとり、孤独を癒してくれる人がいたら
あなたの存在はそれだけで素晴らしいんだよと教えてくれる人がいたら、
誰かひとり、加害者になる前の段階で
その人のことを信じてくれる人がいたら
「被害者」もうまれなかったのではないだろうか…。

もし、私の仮定した孤独感が募ってその裏返しのエネルギーで
事件が起きているのだとしたら、
どうにかしてそれを変えていける方法もあるはずだと
今、思っています。

気づけば変えていけるから…

私も過去に何度も孤独感を感じているから、
余計にそう思うのかもしれません。

過去の歴史を見ても孤独感が募ったり
家族ですら信じられなくなってしまった指導者が
何人もの周りの人を封じ込めて究極に戦争へ突入してしまった
ことがあります。

人をあやめるのではなく、
自分をあやめてしまうことも同じ孤独感からきていると感じています。

これは今の時代だけではないけれど。

「孤独」を感じきる練習⇒孤独に強くなるため
「孤独」でも楽しめる遊び方⇒工夫する力をつけるため
「孤独」からつながりを見つけ出す方法⇒周りの人がちゃんといることを感じれるため
「孤独」を客観的に見れる術⇒自分の殻に閉じこもらないため


ああ、学校では教えてくれない…

人は一人で生まれてきて死ぬときも一人。

そう、孤独はずーっと死ぬまで続くのはわかっている。

そして、死ぬのが怖いのは死んでしまうと
「一人」になってしまうから、「怖い」のではないか。


母と先日の宿題のワークをやって終わったとき
母から出た言葉は
「歳をとっていくのって孤独なのよ。
だから、人はぬくもりが欲しいの。」と言われました。

歳をとっていくことが「孤独」で
それが辛いとわかっているのであればなおさらのこと
すべての人に訪れる「孤独」をそばにおいて、
自分と仲良くできる術を身につける方法はないのか…
そんな勉強や授業はないのか…

そんなことを思った夜でした。

…そして、私は友人から甘いと言われましたが、
「性善説」派の人間です。
赤ちゃんの笑顔や子供たちの遊んでいる姿を見るとそう思ってしまいます。

できたらその赤ちゃんの笑顔をずっと世の中の辛い出来事に
負けずに持ち続けて欲しい!

そう願っています。甘ちゃんなのかもしれないけれど…

今日もお気楽トコのブログを読んでくださってありがとうございました。

このブログを読んでくださっている皆さんがいるから
私も「孤独」ではないと今日気がつきました。

心からの感謝と、皆さんに明日も素敵な出来事があることを
本当に、本当に祈っています。

一方的な想いを読んでくださってありがとうございました。

別窓 | 未分類 | コメント:3 | トラックバック:0
∧top | under∨

恐れるな!一歩前に進め!

本日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます。


昨日は、ブログにも書きましたが、箱根にトレッキングに行ってきました。


朝5時半に起きたら、もうお天道様はすっかり上がっていて
「今日も晴天だよ~」と挨拶されたような感じの天気。

すぐに飛び起きてお弁当をつくり、
7時前に自宅を出発、9時半前に箱根湯本に着きました。

仙石というところまでバスに乗り、
金時山登山口から
金時山のとなりにある明星ヶ岳、明神ヶ岳を目指しました。

登山マップによると4時間近くのコース。

急なところも少なそうだし、お手頃な感じと
ゆっくり登り始めました。

最初はズーっとひたすら登り、
30分くらい登った後にちょうど山の尾根になる感じの道になりました。

美しい鳥の鳴き声を聴きながら、
尾根づたいに、上がったり、下がったりを繰りかえし
最初のころは眺望の美しさや山ツツジの美しさ、
吹き抜ける風の気持ちよさに感動しながら歩いていたのですが…

気温計を見ると、25度近くになっていて
全身から汗が吹き出ているのが感じられました。

登りが続くと呼吸は荒くなり、ゼーゼーハーハー
自分との体力勝負。

途中、何度か水分補給をしたりしたのですが、
2時間経ったお昼のころには
もう、私は暑さと疲れで
頭がモウロウとしてくるのがわかりました。

はっきり言って、体力落ちてました。

頂上に着く前に私の体力は限界に達し、
強羅の町を一望できる広めの道でお弁当を食べることにしました。

作っていてちょっとしょっぱいかなあと思ったから揚げは
汗が出ているため山の上だと全然しょっぱくなく、
むしろ塩分補給になりました。

そして、さけと梅のおにぎり、自分で言うのは何ですが、
本当においしく感じられました。(涙)

お弁当を食べている間に
途中抜かした淡々と同じペースで歩く年配のご夫婦に
今度は笑顔で「お先に~」と言われ、
まるでウサギと亀みたいな気分…(^^;

そして、食後に友人が持ってきてくれたアイスコーヒーを飲み、
一気に私の体力も復活!

気合を入れなおして、再度出発しました。

後半は、ひたすら急な下りを降りていくことになります。

岩場の段差が大きいとろこや
森の中は日が当たらないためグジョグジョの泥んこみち。

下りになると怖がりの私が出てしまい、
へっぴり腰になって、
つるっと滑って何度もしりもちをつきそうになります。

そうするとまた怖くなって、進めなくなるのです。

足の前方に体重かけて降りるんだよ。靴買ったときに教わったじゃん。
そうすると滑らないよ。」

「そっか~!スキーのときと同じで前方に体重かければ
大丈夫なんだね、忘れてたよ。」

言葉だけじゃなくて、体感すると忘れないよ。
もっと言うと自然とできるようになるといいんだよね。


「なるほど~、確かにそうだね!!」

知人のマカロンさんに指導を受けて
とにかく足の前に体重をかけることを意識したら
途端にすべらなくなりました。

そして、強烈に私の心に自分へ呼びかける声が
聴こえてきました。

「恐れるな!
前に進め、その足を出せ、
そうすれば必ずゴールは近づく!」
そうだ、そのとおりだ!

一歩踏み出さなきゃ、始まらない。

ここに怖いからってとどまっていたら
いつまでもこのグジョグジョ道にいることになるんだ。


自分の言葉に急に力を得た私は、
「余裕」が生まれたのか今度は、自分に羽がついていて
自分の体が軽くなったイメージをしてみました。

すると、さらに恐怖心は薄れ、
ピョンピョンと飛び跳ねている感覚になりました。


マカロンさんから下るときのコツを教わったことと
自分へ呼びかける心の声、
そして自分には羽がついるとイメージしたことが
功を奏して下りは以前と比べて格段に
気持ちが楽になりました。


ゴールにたどりつき、帰りのバスに乗ったら、
結局、お弁当を食べていたとき
抜かされたご夫婦とまた偶然に同じバスになりました。

人は焦っても焦らなくても、結局同じなんだよ。
淡々と、進めば必ずゴールはあるんだよ。

そのご夫婦からはそんなメッセージをもらったような気がしました。

時間にしてちょうど歩行時間は4時間。
登山マップと全く同じタイム。

「もっと体力と運動して筋肉つけないとなあ。
最近運動していなかったしなあ。」

私の「体」からの実感でした…(^^;

そして汗臭い体を塔ノ沢の日帰り温泉の「ひめしゃらの湯」で洗い流し、
ちょうどタイミングよく乗れたメトロ直通のロンスカーで表参道で下車し
乗り換えて新橋のおいしいと評判の焼き鳥&もつ焼き屋で
再度感想を言い合い帰ってきました。

恐怖に打ち勝った自分をちょっと褒めつつ
帰宅後はバタンキューで爆睡してしまいました。

今朝はちょっと筋肉痛です(笑)

山登りっていろんなことを教えてくれるなあ。
このブログを書きながら、だから山登りはやめられないっと
思いました。

そしてずーっと歳をとってからも山登りしたいという夢を見つけました。

あの淡々と登る、ご夫婦のように…


今日もこのブログを読んでくださってありがとうございました。

ブログを読んでくださった皆さんの夢に
「恐れるな、その足を一歩前に踏み出せ!」と
メッセージを贈ります。
そう、ゴールは必ず来ます。
上がったり下がったりしたとしても…


今日もこのブログを読んでくださった皆さんが
良い一日になりますように!



別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

イエーイ♪脳が喜ぶことしちゃお~♪

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます。

明日は週末、お仕事の方もいらっしゃるかもしれませんね。

そんな方には申し訳ないのですが(スミマセン)
私は明日は箱根にトレッキングに行く予定です。

明日は関東は曇りときどき晴れみたいですが
今時分の梅雨時期のトレッキングにいけるチャンスは貴重です。

本格的にぐちょぐちょの梅雨入りしちゃうと、行けなくなるし、
梅雨が明けると、暑さと湿度の高さから
東京からすぐいける低登山はお弁当も持って歩きにくくなるので
いけるときに行っちゃうのが一番!

天候をチェックすることも自然を再確認する機会になります。

天気が悪いと行くことはできなくなるので
朝起きて快晴だと
「お天道様、晴れてくれてありがとう!」って
感謝したくなってきます。

そして
トレッキングに行けると思うと脳が喜ぶのがわかります。

トレッキングは登りはきついし、下りは滑りやすくてドキドキするし
汗臭いし…なんですが、
緑の匂い、美しい景色、自然の中を歩くことが、まず嬉しいし、
歩ききったときの達成感が完全に私には「快」の体験に結びついているんです。

まあ、ひとつ難点を言うと、
起きてお弁当をつくらなくてはいけないことかなあ。

ということでちょっとばかし早起きなのが「微妙に不快」になってますが

明日のお弁当しっかり作ろうとさっき、下準備を今済ませました。

梅のおにぎり、
とりのから揚げ、
アスパラとマッシュルームとしめじ、エリンギのきのこいため
卵入り油揚げの煮物

めちゃくちゃシンプルですね…(^^;

お弁当作りも「快」に結び付けれるようにしたいなあ(笑)


明日は7時前には家を出る予定。
5時半には起きなきゃ。
ではそろそろ寝ようっと。

皆さんが脳を喜ばせるとしたら
何をしますか?

歌を唄う、
人と話す、おいしいものを食べる
スポーツをする、
本を読む…

おいしいコーヒーを一杯自分のために淹れるだけでも
いいかもしれないですね。


今日もブログを読んでくださってありがとうございました。


明日、いっぱーい、脳を喜ばせる出来事が
皆さんに訪れますように♪



別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

サンキュー!失敗!

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます。

ここのところものすごく気持ちが充実しています。

ふと、二年間の自分の過ごしてきた時間を知りたくなり、
引き出しにしまってあった昨年の2007年と
その前の年2006年卓上カレンダーに
記入されていることを見てみました。

予定として記入された2年前の父の病院通いの日程。

仕事の予定が記入されていた父の亡くなった日

隔週で通っている整体の日程。

父の四十九日、仏壇を買いに行った日。

友人との会食、セミナーの日程。

そしてコーチングを受けることにして隔週ごとに記入された時間。

父の死後、むさぼるように
体や心、感情に関わる、「自分を大切にする」時間を増やしていったことが
わかりました。

二年前の私は今の私を想像できたかな?

二年前と比べて今の私はどう?

はっきりと、ありのままの私を受け入れている
今の私の方が好きだと言えることに気がつきました。

そして、今日は
夜10時過ぎに帰ってきた、なかなか顔を合わせられない弟に、
無理やりお願いしてNLPの宿題を一緒にやってもらいました。

疲れているからとひじをつき横に寝転んだ弟に合わせて
私も同じように横にねそべり呼吸を合わせて
弟の話を聴いていきました。

過去に比べて明らかによくなったと思える自分の今の想い、
自分の中にプライドの高さあることなどを
素直に話をしてくれました。

そして今生きていることが大切だということや
瞬間瞬間、目の前にあることを一生懸命やっていくことが大事なんだと言う言葉が
最初は話をするのを嫌がっていた弟から、次々に出てきました。

「最近の本はつまんなく感じるんだ。
成功の結果だけ追い求めてて。

本当は1つの成功は99の失敗から成り立っていて
99の失敗の過程が書かれていないんだよね。」

「僕は一流の会社員にならないといけないと中学や高校のとき
思っていたんだ。
親の期待にこたえようとしてたんだ。
多かれ少なかれ誰でもそういったことはあると思うんだけどさ。

そしてそうならかった。

普通の人と違う人生だから、
今、自由な発想ができるのかもしれない。

失敗も結局は自分の人生にとって良いことなんだよね。」

「これからの僕の人生は、
自分で責任をとるって決めることが重要なんだと思う。」

「あんた、エジソンになっちゃったの?」と思うような哲学の言葉を語る弟の横顔は、
明らかに二年前の父が亡くなったあと、
何ヶ月も自分の部屋でじっと何もせず、
うずくまっていた弟とは表情も言葉も違う弟でした。

「姉貴の質問の仕方さー、まるで、どっかの先生みたいな聴き方だから
本当に聴いてくれてるのか?って違和感あるんだよね。」

昨日の母と同じく手厳しいフィードバックをもらいましたが、

「でも、おもしろかったよ。違う視点で自分を見れた。」と
一言付け加えてくれました。

あと8日間足かけ2ヶ月、母と弟に協力してもらい私のワークは続きます。

そして2ヶ月経ったときには、
それぞれが、自分を受け入れて、自分の足で好きな方向に気づけたらいいなあ。
欲を言えば「一歩」でも自分を信じて踏み出せてるといいなあ。


そう、二年経って、私が私を受け入れられたように…。

失敗はない、フィードバックがあるだけ…
素直にそのフィードバックを受け取れば
必ず成長の一歩になる…

私のNLPの一歩は始まったばかり。


今日もこのブログを読んでくださって本当にありがとうございました。

明日もこのブログを読んでくださった皆さんが
笑顔でいられることを心から祈っています!











別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

宿題、ブラボ~♪

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます!

みなさんはなんの宿題が昔すきでしたか?

私は本の感想文とか、作文の宿題が大好きでした。
そして、それ以外は「もちろん」」大嫌い。(笑)

先週から始まった、コミュニケーションスキルのNLP(神経言語プログラミング)の
勉強で、宿題が出ました。

次回の二週間後までに
15分、ひたすら周りの人の話を聴いてあげること。(人数指定はなし)

そしてこれは必ずしも強制ではありませんが
コーチを目指す人には、習ったワークを周りの人5人にやることなど。

宿題が出ると、
「うぎょぎょ!できるかな~」って瞬時に思ってしまう私がいるのですが、
それは小さいころからの私の過去の「地図」に「宿題嫌い!」ということがあるからで、
そこで、問いかけを
「どうしたら作文の宿題みたいに楽しみながらできる?」と変えてみました。(^^)v


実はワークをやるのが私は質問するのがまだ下手だけど
大好きなんです。

ワークの感動を体験している私としては、
是非周りの人にワークをやってあげたいと思っているので、
この課題については、どうにかクリアできるだろうと思っていました。

で、今日は母親に先日のブログにも書いた
『やりたくてもやれてないことの中に自分の肯定的な意味があることを
聴いて、自分の中の葛藤を統合するワーク』をやってあげようと
母に宿題の事情を説明し、
母のそばに座って、ワークをやろうとしたのですが…

いやあ、本当に手ごわかった(^^;


なにせワーク自体になれてないし、
母からすると「娘」としてしか見ていない私から質問をされても
「あなたがしっかりしてくれれば私はそれでいいのよ。」
と、質問とは全く違う、
母から娘へのお叱りモードの会話になり
だんだんと暴走する母親の会話に
ワークは無理だと一旦あきらめざるを得ませんでした。

それではと、もう一つのシンプルな15分話を聴く宿題にしようと、
体制を切り替え、話を聴こうとしました。

ところが…
15分、話をひたすら聴くということができないのです。

「あなたが幸せになってくれないと困るの」
「あなたがしっかりしてくれればいいの」

その言葉が私の心の中をチクチクと刺激します。

自分の感情がむくむくとわきあがって言い返したくなるのを押さえ、
母の感情に引っ張られないように、
自分の気持ちは脇に置く、自分の感情は脇に置くと
と言い聞かせ、母の話を一生懸命聴くことにしました。

ひたすら話を聴くこと45分、
そして落ち着いたころにようやくワークをすることができました。

ワークは先週末の講義で教わったものに
以前教わったものを織り交ぜながら
母の将来やりたいことを聴いていきました。

母はワーク中、
子供に対してきちんと小さいころ向き合ってこなかったことへの
後悔から今も私を子供扱いしている考えにとらわれていることに気がつき、
涙をボロボロ流していました。

その間、私もジーンときましたが、ワークが終わった後は
ケロっとして
「ちょっと聴き方があんまりねえ。」と手厳しいフィードバック。

ありがとう、お母さん。(笑)

時計を見ると話を聴き始めてから一時間半、時間が経っていました。

そして、その後、私自身が
とっても優しい気持ちになっていることに気がつきました。

「私ったら上手くのせられちゃったわ~。」
台所でお皿を拭きながら母は感想をもらしていましたが、
またワークをやろうと言ったらきっとやってくれそうな気がしました。

宿題のおかげで、
母との距離がグーンと縮まった感覚と照れくさい感じ。

宿題ブラボー♪
一人お風呂の湯船につかりながら
「もっと聴く力、つけるぞ!」と誓いました。


今日もブログ読んでくださってありがとうございました。

このブログを読んでくださった皆さんに
明日も素敵な出来事がいっぱいありますように!


別窓 | 未分類 | コメント:5 | トラックバック:0
∧top | under∨

I LOVE NEW MOON ♪

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます。

6月4日の今日はNEW MOON!
新月です。

前回の満月のときにもブログに書きましたが
満月の夜にはハワイでは3回、月に向かってお祈りを唱えると
願いごとが叶うといわれてます。

そして、そして…ジャーン♪

実は新月にも願いごとが叶うパワーがあると
本で読んでしりました。


新月のソウルメイキング


で、それからは、強制的に母や弟に願いごとを書くように
言うようになりました。

どうして、そんなに願い事にこだわったか…

それは父のガンの治療が上手くいくように
ガンが治るようにお祈りしていたことが発端だったのですが、
最後はまさにワラをもつかむ思いだったので、
なんでもいいから、良いと言われていることはやってみることにしたというのが
本当のところです。

今日は朝4時過ぎが新月!

それから8時間以内に願い事を10項目くらい書くと
願いごとがかなうとか…

あたるもあたらないも、保証はできないのですが、(スミマセン)
潜在意識には働きかけているのではないかと思っています。

今日は正午すぎまでチャンスタイム!

このブログを読んだ方はラッキーです。(笑)

願いごと、自分を主語にして10個書いてみてください。

私も明日朝起きたら早速書いてみよーっと。

ブログを読んでくださって本当にありがとうございます。

新月の今日は星がきれいに見えるはず…、
皆さんが心穏やかに星の輝きを受けて素敵な一日になりますように!


別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

はじめて会う人のように

今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございいます。

この間の週末コミュニケーションのスキル NLPを学ぶことになり
そこで、宿題を出されました。

それはひたすら相手の人の話を15分聴くこと。

相手の人の表情や、視線、よく使うことば、
身振り、手振り…

よーく聴いて、よく観ること。

そうすると、相手の人が五感の中で一番特化した感覚がどこであるのかわかり、
相手の人にとって、わかりやすい言葉を使ってあげたり、
相手の人のパターンに気がつくことができます。
そして、相手の人の『本当に言いたい』ことが
伝わってきます。


そして、よく聴くためには、
自分の感情や思い込み、相手との過去の体験などを
一旦わきにおいて、客観的になることが大事です。
アップタイムと言う言葉でその体制を教えてもらいました。

さらに言うと、自分の感情が怒っていたり、
悲しんでいたりすると
相手の「言葉」「表情」などをきちんと「聴いて」あげれないときが
出てきます。

自分の感情に入ってしまったり、自分との会話を相手を目の前にしているにも
関わらず、心の中で行ってしまっている状態は
ダウンタイムと言うそうです。

相手の話を聴こうとするときはアップタイムの体制になる、
自分の状態を良くして、自己管理をきちんとするということが
重要だと教わりました。

私はブログを書いてるときなど、
全く周りの音が聴こえないくらい集中する特技があります。

小さいころから空想の世界で遊ぶくせがついているため
ダウンタイムでいる時間が圧倒的に多いのです。

アップタイムを教わったとき、
私はこの訓練が必要だなあと実感しました。

さて昨夜、お休み中だった知人のマカロンさんと会いました。

なぜか、五感の触感覚の話になりました。

「どんな人も触ってもらったり、手をつないでもらったりするのって
必要なことだと思うんだよ。
日本人はそういった文化がないけど欧米では当たり前だし、
実は人はつながりをもとめているんだよね。」

熱く語り始めた、マカロンさん、
私がNLPで習って感じていることを
よくわかってるなあと、感心しながら聴いていたのですが、

ふと、マカロンさんの手が腕組をしていることに気がつきました。

そしてやたらと説明が丁寧で長い。

あれ?マカロンさん?

この特徴は、「聴覚」に特化した人のパターンじゃない??

私はいつも、外見にこだわったり
外に遊びに行ったり、物を買って人に喜んでもらおうとする
マカロンさんを「視覚」の人だと思い込んでいました。

※視覚の人は物を買ってあげたり、遊ぶときも外でいろんなものを見たいという
傾向があるそうなんです…。

全然、私は今までマカロンさんの話を
「聴いてなかった」「感じてなかった」…

そして、全くの初めて会う人のようにマカロンさんを前にして感じました。

そうだ。
毎日会ってたり、顔を合わせて会話する人ですら
本当は「初めて」会う人のように話をすること、聴くことが重要なんだった!!

まさに実際の体験で目からウロコでした。

家族のことも同じように私はまったく話を聴いてないかもしれない…

そのことに気がついたので、
今日から母や弟と話をするとき、ちゃんと話を聴いてみようと思っています。

私の最初の一歩です。

今日もブログを読んでくださってありがとうございました。

「聴いて」あげることは実は「癒し」の行為なんだと
昨日歩きながら思いました。

相手の想いを受け取ると、どれだけ聴いてもらった側は
幸せな感じがするか…
私が聴いてもらって本当に嬉しいのだから…

あなたの周りで話を聴いてあげたい人はいますか?

このブログを読んでくださった皆さんの今日が
笑顔と優しさにあふれる一日になりますように!





別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

新しい幕開けの6月

6月の初日、東京はとっても爽やかな月初めでした。

皆さんの住んでるところはどうでしたか?

お気楽トコのブログに来てくださって、ありがとうございます。

大好きな5月、アッという間でした。

私の5月は、当初の予定どおり近場の鎌倉にトレッキングにも行ったし、
大好きな学生時代の友人にも何年かぶりに会えたし、
昔セミナーで会った友人からもブログにコメントをもらったり
ジョギングをしなかったこと以外は(笑)ほぼ、目標達成し、
気持ちが落ち込んだときも多くの友人たちに支えてもらって
心から出会った人たちに感謝の一ヶ月でした。


そして、前回のブログにも書いたとおり
NLPというコミュニケーションのスキル)を5月の最終日の昨日から
学べることになり、今日もその講義を朝10時から夜8時過ぎまで
びっちり習ってきました。

「びっちり習う」という表現だと
大変なのかなあと思われると思いますが、
講師のヒロさんの温かくひとりひとりを大切にしてくださるお人柄のおかげで、
参加しているメンバーが皆、とてもサポーティブな空間を作りだし
心地よさの中でヒロさんの丁寧な講義を受け、そして楽しいワーク(実習)のおかげで、
時間がアッと言う間に感じられます。

そして、自分が勉強したいと渇望したことを学ぶことができる
幸せを心から感じています。

2日間の学びの中で私が得た感動をシンプルにお伝えすると…

人はそれぞれ過去の体験や経験、ときには思い込みなどから自分のオリジナルの
人生を進む「地図」を持っていて、
それを持って行動したり、思考したりしていて、その地図は皆全員違います。
↑この話を聴いた段階で、「なるほど~!」と深くうなづく私。


その前提があった上でコミュニケーションを良くするには
相手の持っている地図を全面的に尊重していくこと。

↑実は私はこれが全くできておらず、
いつも弟やパートナーなど身内になると自分の地図を押し付ける、
下手したら、相手の地図なんてお構いなしにかぶせてしまっていたことに
気がつきました。


そして、相手の行動や表現が自分と違ったとしても
相手の中に相手がその行動をする本人ですら気がついていないかもしれない
肯定的な目的があると信じて、話を聴くということが重要だと教えてもらいました


たとえば、私の例で言うと
私がテレビを観てばっかりいる自分を責めているとすると


「テレビを観る、その行動はあなたにとって何が大切なんでしょうか?」と聴く側の人から質問を受けます。
すると
「ストレス解消」とか
「新しい情報を手に入れられる」ということが自分の中にあるということに気がつきます。

頭で否定してしまったり責めてしまう
自分の行動の中にでも、ちゃんと自分の意図があると知ると
自分の中の自分を責める気持ちがなくなるし、私の例でいくとストレス解消は
テレビ以外でもないか?と他の方法を探すことができます。

そうです、実は他人とのコミュニケーションを学びながら、
私を受け入れ、自分を好きになるということを学んでいるんです


これからのあと8日間、私は私を好きになるために
一生懸命勉強したいと思っています。



そしてそれを踏まえたうえでの私の6月の目標(アウトカム)は…

☆自分を否定しない

☆周りを受け入れる、そしてひたすら相手の言いたいことを
興味を持って一旦聴くようにする

☆自分の好きなことを一つでも多く増やす

☆自分の気持ちをいつも良い状態に保つようにする

そのための具体的な行動は

☆習っているNLPのスキル、
会社の人や友人たち、そして家族に伝えていき、
できたらワークをやってあげたい!

☆自分を否定している心の声が聴こえたら
私自身への問いかけをNLPで習ったように肯定的な質問でしていく!

☆おもしろいなと思ったら即行動!

そして…
☆パートナーとの時間を大切にする!

☆体を大切にする!



なんだか、明るく梅雨を乗り切っていけそうな気がしています。

いっぱい書いてしまいましたが
ブログを読んでくださった皆さんの地図はどんな地図か知りたいです。

私のブログを読んでくださって本当にありがとうございます。

読んでくださっている皆さんが6月が梅雨の「恵み」を受けて、
いろんな意味で豊かになりますように!










 
別窓 | 未分類 | コメント:7 | トラックバック:0
∧top | under∨
| お気楽トコの幸せタペストリー |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。