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お気楽トコの幸せタペストリー

何気ない日常の生活の中に多くの幸せがある…そんな幸せを綴っていきたい… 生きてるって幸せなんだなあと伝えたい…
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ただ 抱きしめてほしかったの…

昨日は一日おいてしまいましたが
今日もお気楽トコのブログに来てくださってありがとうございます!

実は昨日は自分のいやな部分について気がついてしまい
それでちょっと自分自身に問いかける時間が必要になっていました。

私は小さいころはとっても目立ちたがり屋でした。
小学校の先生から手を当ててもらうことが大好きでした。

学級委員にも自ら立候補したり、
小学校のころは目だっていい子を演じるのが
自分のアイデンティティにすらなっていました。

その目立とう精神は
中学にはいると成績を貼り出す学校だったため
上位に入ることを目指すことへと変わっていきました。

「○○ちゃん何番だったんって!すごいね。」

勉強が好きなのではなく、それによって目立ちたい、
そして、優越感に浸りたい…そんな気持ちだったのだと
今はわかります。

そしてその後どうなったか…
中学の途中で転校したことで、
転校した先の雰囲気になじめず、どんどん自信をなくしていき
美人でもない外見を知ることになり、
目立つこととは縁遠くなりました。

高校時代の同級生とは共学であったにもかかわらず
女性以外とほとんど話をしたことがないと言う状況でした。

社会人になって高校の同窓会を幹事でしたりすると
当時の同級生の男性に「変わったねえ!」と言われるのですが
自分としては本質が目立ちたがりだったので
変わってないんだけどなあと不思議に思ったりするくらいでした。

そして、二年くらい前から
コミュニケーション関連のセミナーに参加するようになり、
自分の仲間ができたことで一気に目立ちたがりが復活しました。

仲間の前で発表することの心地よさ
メーリングリストに毎日自分の気持ちや気づきを出すことの快感
話を一生懸命聴いてくれる人がいること

セミナーで自信を再び持つことができるようになったことも大きかったと
思います。

しかし、根本的な目立ちたがりの原因をしっかり考えてみることを
今までしてきていませんでした。


なぜ「目立ちたがりなのか?」
なぜ「コミュニケーションをとることにこだわるのか?」

それは、「私という存在」を周りの人に知って欲しいということだと
昨日気がつきました。

そして更にその奥にあったものは…

小さいころの母との接し方が原因であると言うことに
気がつきました。


私は小さいころの記憶がはっきりと2歳くらいからあります。

父の仕事の関係で引越しを20回ちかく、
私が成人するまで繰り返した私の家族は
落ち着いて話をするという機会があまりない家族でした。

二歳のころ、母にテレビを観ていて「怖い!」と泣いて近寄っても
全然、相手にしてもらえず、「怖いなら消しなさい」と言われたことを
今でも覚えています。
弟がすぐ下にいたため、しっかりしなければならないという意識が大きかったのも
ありますが、どうやったら、母の注目を浴びれるか?そればかりを
幼少のころから考えるようになりました。

幼稚園に入り、ひらがなの練習帳をもらうと、
それを書くことで褒めてもらおうとしました。

周りに同じ歳のころの子供もいないところに住んでいたため
弟と二人で空を眺めたり買ってもらったレコードを聴いたりして
空想して遊ぶようになっていました。

そんな環境から、小学校に入って、先生の注目、同級生の注目を浴びることが
本当に嬉しく、また成績がよければ親は喜ぶと知り、
ただそれだけのために私の行動基準が決まりました。
そのころに今の目立ちたい!という欲求が芽生え始めました。

引っ越すたびに母はいつも私たちの前で泣いていました。

その姿を見る度に、私も弟も、母の前では
私たちは泣けないと思い込んでしまいました。

そして、私は引っ越して友達がいなく寂しい気持ちを、
誰にも話さず封印することにしました。

思春期に入ると寂しさの裏返しから猛烈な反発を母にすることになりました。

素直になれない自分と母との間で何度、喧嘩したことでしょう…

本当は寂しかったんだ、私…

目立つより前に私は母に抱きしめてもらい
「大丈夫だよ。お母さんがついているからね。」と
怖いテレビを観たときも
友達がいなかったときも、転校したときもそのたびに
ただ、その一言が欲しかっただけなんだ…
反発したかったんだじゃないんだ…

それに気がついたとき、
小さいころの自分が一気によみがえって
涙があふれ出てきました。


今の母にそれを言ったところで、
「私も精一杯生きてきたの!」と返答されてしまうことがわかっています。

私はひとり静かに、
自分の涙を正面から見つめることにしました。

小さいころの自分を抱きしめることにしました。
「大丈夫だよ。寂しかったね。」
その言葉を繰り返し、小さいころの自分に言い聞かせました。


そして、その寂しかった、話を聴いて欲しかった、
抱きしめて欲しかったと言う想いを
パートナーにまで、求めていることに気がつきました。


今日改めて、このブログを書くことで
自分の気持ちに素直になれたことを嬉しく思います。

気がついたら前へ進める!

そう思います。

勇気を出して自分の嫌な部分を見つめることができるようになった私が
今日はとても嬉しいです。

長くなりましたが、今日もこのブログを読んでくださってありがとうございます。

改めて、
私の落ち込みを支えてくれたセミナーの仲間や
学生からの友人や会社の友人たちや
社会人になってから出あった友達に感謝したいです。

そして、私を産んで育ててくれた母、
私という姉と言う存在をいつもサポートしてくれた弟
私を信じてくれているパートナーに心から感謝します。


ようやく苦しさが取れてホッとしています。

明日は母の日ですね。
このブログを読んでくださった全ての方とそのお母様に
心から感謝して今日は終えたいと思います。ありがとうございました。



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この記事のコメント

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2008-05-11 Sun 06:28 | | #[ 内容変更] | top↑
トコちゃん、おはよ~
目立ちたかった理由が解ってまた一歩素敵なトコちゃんに
成長するでしょうね。
私も全く同じことを考えていた自分が一年前にいました。
理由も幼少期までさかのぼりトコちゃんと同じような理由かな。
でも今はどのような理由であれそんな自分を受け入れています。
そして今の自分を受け入れてくれる仲間に感謝です。
でも一つ、トコちゃんのブログを読んで気づいたことがありました。
私達は気づいた。でも母はどうかな。
引越しのたびに泣いていらしたお母様も気持ちに気づいて
ほしかったのですよね。寂しかったのですよね。
抱きしめてほしかったのですよね。
子供も大人も同じ。抱きしめてほしいのですよね。
私はそう感じます。
長くなってしまいました。
私も今日はピアノの発表会に行きます。では…
2008-05-11 Sun 09:06 | URL | tomoyo #-[ 内容変更] | top↑
トモヨさん
愛にあふれた素敵なコメントを本当にありがとうございます!
そうなんです、母も私と同じなんです。
大人であっても抱きしめてほしんですよね。
母を責めることができなし、母のことは愛している…
だから余計苦しかったのだと今わかります。
母とは今朝二人で朝食を食べながらお互いの労をねぎらいあいました。
まだまだ未熟な私ですが、一歩前進できたかなと感じています。
トモヨさんの愛にあふれたメッセージ、本当に嬉しかったです。今日お会いしたらハグしちゃうと思います。
いつもありがとうございます!!
2008-05-11 Sun 11:51 | URL | トコです #-[ 内容変更] | top↑
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